文章の練習にぼちぼち書くもの

2次元と2.5次元が好きな審神者がいろいろ書く予定です

祖父の話

こんばんは。本日お昼から開始となった刀ステ通販で散財したオタクです。

今月はボーナスがあるからいいじゃない、舞台に還元するにはグッズよグッズ、と自分自身に言い聞かせたはいいものの、トータルでどれをいくつ買ったのか正確にわかっておりません。

注文確定メールをよく見直そうね、オタク。

 

昨日の飲み会はとても楽しいもので、ほろ酔い状態で帰宅したのは午前0時すぎ。この時間にリビングの電気が点いているのは我が家では珍しいことではなくて、案の定機能も私が帰宅した際にはリビングの電気は点いていました。

きっと家族がうたたねしてるんだろうなあ、と思いつつリビングへ行ったところ、そこにいたのはやはり母。消えたテレビの前で横になっています。これは私もよくやっていることなのでさして驚くことではなかったので、そのまま洗面所に行ってコンタクトを外したりしていたわけですよ。

ここで大変個人的な主義の話になりますが、私はアルコールが入った状態でお風呂に入ることにとても抵抗を感じる派閥に所属しております。そんなこともあり、このほろ酔い状態でお風呂に……いやせめてシャワー……ぐぬぬ……と葛藤しながらリビングでうろうろすること数分。突然スマホが鳴り始めたわけですよ。母の。

LINEの通知音でもなく、メールでもなく、電話の通知音だったその音を聞いた瞬間、寝ていたと思っていた母が飛び起きましてね。

えっ、何事?と思ったのもつかの間、言葉少なに電話をしていた母が通話を終えるなり「病院行くか」と言い出して、私は頭にクエスチョンマークの嵐なわけです。

今の電話だけで一体何が?病院に行くとは?なぜ?

そこで私は初めて知ったわけです。母方の祖父がもう危ない状態だという事実。

 

私は幼少期から人見知りスペシャリストとして活躍していましたから、自分の祖父母にも人見知りを発動していました。

母方の祖父母は月に1度遊びに行って会う人、という認識でして、当時毎日会っていた幼稚園の先生にすら人見知りを卒園まで発動し続けた私が祖父母に人懐っこくできるわけがなく、おそらく母方の祖父母にとっては変な孫だなあという存在だったと思うんです、私。

そうはいってもなぜか月に1度祖父母の家に行くと、私はなぜか一人で祖父母の家に泊まりたがったんですよね。今でも思う、お前なんで人見知り発動してる(しゃべらない)くせに泊まろうとしたんだよ。

そうすると祖父母は喜んで泊めてくれて、私は祖父母に挟まれて大きなベッドの中心で寝たわけですね。もしかしてあの頃の私はベッドにあこがれていただけじゃなかろうか、家は布団だったから。

祖父母は高原野菜の農家だったので、春先から夏の終わりにかけてはとにかく夜寝るのも朝起きるのも早くて、幼稚園児だった私と同じ時間に寝て、私よりもずっと早く起きていたことを覚えています。

朝5時にはやっているNHKの「おはよう日本」という番組、あるじゃないですか。

あの番組を見るたびに私は祖父母を思い出すんですよね。

一人ぼっちで祖父母の家に泊まった時、私がまだ寝ぼけ眼の目でぽやぽやしているうちに祖父母や「おはよう日本」を小さな音で流しながら農作業用の服に着替えて、私を置いて仕事に行っていたんですよ。

そして私がようやく起きる7時半ごろ、また戻ってきて一緒に朝ごはんを食べてくれるんです。もちろんテレビでは「おはよう日本」が流れたまま。

 

私の中では祖父母は早朝から働いている働き者で、快活で、とっても優しい人たちです。

祖父はこの数年は入退院を繰り返していたので、先月から入院していたことは知っていましたが、(また入院したんだな)と思ったことを覚えています。

きっとまた退院して、家に顔を見せてくれるんだろうなと思っていました。

昨日(きょう未明)母と一緒に病室に行きました。びっくりしました。

快活に笑う祖父はどこにもいなくて、苦しそうに呼吸をして目をわずかにしか開けられない状態でした。

今までも知人や近しい人を亡くした経験はありましたが、すべて亡くなった「後」に本人と会っていたので、今まさに、あと数時間や数日で亡くなろうとしている瞬間に初めて会いました。

怖かったなあ。私の知ってるおじいちゃんと全然違うんだもん。

あんなに太かった腕もガリガリで、野菜がたくさん詰まった段ボールを次から次へと荷台に運んでいた足腰もとっても細くて。

なんだかミイラみたいだな、って正直思いました。変な意味ではなく。

 

もっと会っておけばよかったとか、話しておけばよかったとか、そういう後悔はありません。

でも人が亡くなるときってこんなに苦しそうなんだなと思いました。

もういつ亡くなってもおかしくないので親族が誰かひとりついていてください、と言われているので今日もついてたんですが、なんだか不思議な感じでした。

外は大雨で、目の前のベッドの祖父は苦しそうで、私はなんだかこんな時でも無性におなかがすいて。

突然いなくなってしまうのもつらいけど、苦しそうに少しずつ人生を終えている場面を見ているのも別の意味でつらいんだなあ。

 

明日の私は午前中に祖父の見守り隊の当番です。朝ごはんをたくさん食べて、一緒に病室で過ごすぞ。それでは。